第395回のスポットライトリサーチは、大阪大学大学院 工学研究科 (生越研究室)・山内泰宏さんにお願いしました。
一酸化炭素(CO)は様々な炭素材料の原料に用いられる有用気体ですが、工業的にはコークス(C)と水(H2O)から作られています。副生する水素ガスなどと分離する必要がありますが、エネルギー効率のよいやり方が求められている実情です。今回の研究では、金属錯体の巧みなデザインによってCOとの吸着力をうまくコントロールするシステムを作り上げ、他の気体からCOのみを上手くより分けることに成功しました。本成果はJ. Am. Chem. Soc.誌原著論文・プレスリリースに公開されています。
“Room-Temperature Reversible Chemisorption of Carbon Monoxide on Nickel(0) Complexes”
Yasuhiro Yamauchi, Yoichi Hoshimoto*, Takahiro Kawakita, Takuya Kinoshita, Yuta Uetake, Hidehiro Sakurai, Sensuke Ogoshi* J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 8818–8826. doi:10.1021/jacs.2c02870
研究を現場で指揮された星本陽一 准教授からは、「キープレーヤーの人間味ある姿を紹介したい、との思いで『建設的な悪口(?)』を並記させて戴きました!」とのコメントと共に人物評を頂いています。今後ともグループぐるみでイケイケを貫いて頂ければ!(笑)それでは今回もインタビューをお楽しみください!
山内泰宏くんは、M2の就活終了後に私のチームへ電撃移籍してきました。筋骨隆々なハンサムガイなのに、どこか頼りない・・・そんな印象だったので、痩せマッチョなハンサムガイの木下くん (当時D2; 過去のスポットライトリサーチを参照) に「厳しくしていいよ」と丸投げしました。結果、山内くんは化けました・・・派手さにこだわらず、黙々と学術的な意義を追求する姿勢は真に研究者。一旦は惜しまれながら卒業したものの、その2年後・・・お洒落なカフェで、珈琲の香りに包まれながら、半泣き (?) 状態で「先生・・・!! 基礎研究がしたいです・・・」と有名シーンを再現してくれました。現在は、名実ともに生越研博士後期課程のエースです。さて、褒めすぎてもいけないので、恒例の欠点暴露タイム!
「酒好き、漫画好き、それにも増してY.H.のことが大好き」 (Y.H.談);「オラオラな感じで歩いているのに、すぐに道を譲る(え、アナタも避けるんかい!みたいな展開が多い)」(TK談);「年中、虫取り少年(服装)」(M.S.談)。
頼れるハンサムガイに成長した山内くんに、今後も乞うご期待ください。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、室温におけるCOの可逆的化学吸着反応を、Ni(0)錯体を用いて達成しました (図1a)。Ni(0)上配位子として、ヘミレイバイルなホスフィンオキシド部位を有するN-ヘテロ環状カルベン (S)PoxIm1-2 を利用しました。いくつか配位子を検討しましたが、SPoxImが特異的に有効でした。
CO脱着反応において、Ni(SPoxIm)(CO)3 (2) の結晶性粉末を用いるとNi(SPoxIm)(CO)2 (1) の収率は50%に留まりました。そこでイオン液体 (図1b) を錯体2の分散剤として用いると、反応効率が劇的に向上 (97%) しました。また、本系がCOの可逆的化学吸着系として繰り返し利用可能であることを示しました (図1c)。本系においては錯体の再結晶が不要です。なぜなら、CO脱着⇄CO吸着の変化に伴い、錯体の溶解⇄結晶化が繰り返されるからです。詳細は論文をご覧ください!!!
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
反応系を構築する際には、工学的アウトプットが明確になるよう工夫しました。本テーマを開始してから間もなく、ニッケル-ジ-およびトリカルボニル錯体間の相互変換がトルエン溶媒中で進行することが分かりました。この時、CO脱着反応では錯体を溶媒に溶解させた後「減圧下で撹拌→溶媒追加→減圧下で撹拌→….」という操作を何度も繰り返し行っていました。溶媒を足さなければ、溶媒の揮発に伴い、CO脱着反応が停止してしまいます。そこで、反応媒体として、高沸点を示すテトラデカン (254 ºC) や1,3-ジメトキシベンゼン (217 ºC) を用いることを着想しました。その結果、CO脱着反応は効率よく進行しましたが、使用量に対して2~3 wt%の反応媒体が、必ず系外に放出されることが分かりました。「これ以上の最適化は難しいかな・・・」と思ってH先生に相談したところ、「蒸気圧が0に近ければ良いんでしょ?これ試そうや」と、イオン液体やシリコンオイルを唐突にいくつも発注し始めました(目の前で手当たり次第にポチポチと・・・)。この一手が、研究を深化させるきっかけとなりました。毎度毎度、H先生の唐突な思いつきの面白さに脱帽しますが、後先考えずに試薬をポチポチする衝動買いはヤメテホシイ・・・(値段やサイズ、科学的妥当性を吟味して優先順位をつけ、いくつか発注をこっそりキャンセルしました)。イミダゾリウム骨格を有するイオン液体をCO脱着反応で使ってみると、重量損失は無視できる程度 (< 1 wt%) にまで低減できました。即座に、イオン液体の置換基やカウンターアニオン、使用量を種々検討し、最適条件に至りました。
一番思い入れがあるのは、錯体の単結晶X線構造解析です。本テーマを開始して1か月程で、ニッケルカルボニル錯体の適切な再結晶条件が見つかりました。すぐに、(S)PoxImの窒素上置換基を変更した錯体やホスフィンオキシドをホスフィンに変更した錯体を合成、再結晶し、単結晶X線構造解析を毎日のように行いました。目に見えないはずの分子の構造が、画面上に描画された瞬間や、その分子の結合長、結合角などを分析しながら分子の姿をイメージしている時間が楽しかったです。
本論文とは関係ありませんが、ニッケルカルボニル錯体の反応性を種々検討していく中で、予想していなかった分子構造に出会う機会が何度もありました。こうなるとH先生はいつも以上に興奮し始めます。Slackに送られてくる、PDFに殴り書きされた化学式、アイデア、そして「これ発注しました」報告・・・。そういう時ほど私は冷静に、自分なりに分子構造と向き合い、解析し、まとめてから、H先生と議論します。ここで関連する論文をまとめてから行くと議論がスムーズに進み、新しい研究の方向性が決まります。想定通り、計画通りに研究を進めることも大事ですが、予想外もしくは不連続的な結果が得られた時、研究が大きく進展したり、新しいテーマが生まれたりするのだ、と学びました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
実験を進める中で壁にぶつかったことはありましたが、これはよくあると思います。最も時間がかかったのが、論文作成です。
ニッケルカルボニル錯体は錯体化学の黎明期から研究されてきた歴史ある化合物群であり、N-ヘテロ環状カルベン (NHC) は近年の錯体化学および有機化学に大きな発展をもたらしました。また、これまで単一のNHC配位子を有するニッケルジ-およびトリカルボニル錯体の選択的合成および相互変換の報告例はありませんでした。イオン液体を分散剤として利用したのも本研究が初めてでした。そして、これまで報告されてきた高原子価錯体上での可逆的なCO吸着反応に関する論文のほとんどは、COセンサーへの応用を指向しているか、応用に関する議論をしていませんでした。
つまり、本研究テーマの背景は錯体化学の基礎から産業的な応用まで広範に渡り、かつ論文の構成や見せ方を考える際に参考にできる文献がありませんでした。関連文献を網羅的に収集し、様々な視点から分類∙整理し、最適な筋道でシンプルな図に落とし込む必要があり、ここに苦労しました。最終的には共著者との数えきれないほどのディスカッション、および図や文章の修正を経て、約1年の時間をかけて完成に至りました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
今回紹介した研究で着目した現象はシンプルです。金属上でCOが配位と解離を繰り返すだけです。それだけの結果で、ここまで大きなストーリーを描けたことは、今後の研究者人生においてかけがえのない経験になったと思います。また、本研究に取り組む中でX線吸収分光 (XAFS) 測定を行う機会に恵まれました。普段扱うNMRやGCMS, 単結晶X線の測定では、原理がなんとなく分かっていれば問題なく解析出来てきましたが、XAFS測定ではそうもいかず四苦八苦しました。「スペクトルのことも分子のことも何も分かってないやん!」と痛感しました。
目では直接視ることができない分子の世界に思いを馳せ続け、少しずつ理解していきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私は、生越研究室で修士課程を修了し、企業でプラスチックフィルムの技術開発職に2年半従事した後、大学に戻ってきました。本当に復学することが自分にとってプラスになるのか、ただ目の前の仕事を投げ出したくなっただけではないのか、一報も論文が出てないのに三年で卒業要件を満たせるのか、入学金と授業料と生活費はどうしよう・・・・などなど悩み続ける日々が続きました。最後は「最高の景色を一緒にみよう」とH先生に背中を蹴飛ばされ、「とりあえず挑戦してみよう!」と決断しました。正解はないかもしれませんが、本当に楽しい基礎研究ライフに満足しています。やりたいことはどんどん挑戦してみましょう!
最後に、普段から厳しくも優しく接してくださる生越先生、マイペースな私をいつも叱咤激励しながら指導してくださる野性的で野心的でマッチョな星本先生、X線吸収分光測定に関してご指導いただいた植竹先生 (阪大 応用化学専攻 櫻井研 助教)、私が残していった拙いデータを私がいない間つないでくれた川北君、およびこれまで関わってきた同級生と先輩、後輩の皆様、そして家族に深く感謝申し上げます。
参考文献
1. Y. Hoshimoto, S. Ogoshi, Bull. Chem. Soc. Jpn. 2021, 94, 327.
2. Y. Yamauchi, Y. Hoshimoto, S. Ogoshi, J. Synth. Org. Chem. Jpn. 2021, 79, 632.
研究者の略歴
名前:山内泰宏
所属:大阪大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 博士後期課程2年
経歴:
2016年3月 大阪大学 工学部 応用自然科学科 卒業
2018年3月 大阪大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 博士前期課程修了
2018年4月 グンゼ株式会社入社
2020年10月 大阪大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 博士後期課程進学
研究テーマ:窒素上にホスフィンオキシドを導入したN-ヘテロ環状カルベンを有する金属錯体の創成と反応性
本記事は日本最大の化学ウェブサイトChem-Stationから許可を得て転載しています。
コメント