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長友(A01)グループの研究「Total Syntheses of Phorbol and 11 Tigliane Diterpenoids and Their Evaluation as HIV Latency-Reversing Agents」がプレスリリースされました

チグリアンジテルペン類の全合成と
HIV 潜伏感染細胞の再活性化能の評価
――複雑天然物の網羅的全合成が可能とする創薬シード化合物の創製――

発表のポイント

◆特異な 4 環性炭素骨格上に多数の酸素官能基を有するチグリアンジテルペンであるホルボール、およびホルボールを基本骨格としアシル基や酸化様式の異なる 11 種類のチグリアンジテルペンの世界初の網羅的全合成を達成しました。
◆本研究で全合成した 12 種類のチグリアンジテルペンに対して、HIV 潜伏感染細胞の再活性化能の評価を行いました。その結果、HIV 再活性化剤として知られるチグリアンジテルペンのプロストラチンよりも 300 倍強力な再活性化能を有する天然物を見出しました。
◆本研究で確立した合成戦略は、さらに高活性な創薬シードとなりうるチグリアンジテルペン誘導体の創出を可能とします。また、今回見出した高活性天然物は、HIV 感染症の根治戦略の一つである「Shock and kill」アプローチの発展に大きく貢献します。

概要

東京大学大学院薬学系研究科の渡邉歩 大学院生(研究当時)、長友優典 講師(研究当時)、廣瀬哲 大学院生(研究当時)、彦根悠人 大学院生、井上将行 教授の研究グループは、環縮小反応(注 1)による三員環形成によりチグリアンジテルペン(注 2)であるホルボールの全合成(注 3)を達成しました。続いて、ヒドロキシ基の反応性の違いを利用したアシル化(注 4)、一重項酸素(注 5)を用いた位置・立体選択的な酸化、基質の三次元構造の精密な制御によるエポキシ化(注 6)を組み合わせることにより、ホルボールからアセリフォリン A を含む 11 種類のチグリアンジテルペンの世界初となる網羅的全合成を実現しました。さらに、熊本大学大学院生命科学研究部の岸本直樹 助教、三隅将吾 教授らの研究グループとの共同研究により、全合成した 12 種類のチグリアンジテルペンのうち 7 種類が強力なヒト免疫不全ウイルス(HIV)潜伏感染細胞の再活性化能を示すことを見出しました。そのうちの 5 種類は、HIV 再活性化剤として知られるプロストラチンよりも 200 から 300 倍の強力な再活性化能を有します。
チグリアンジテルペンはトウダイグサ科およびジンチョウゲ科の植物から単離される天然物です。チグリアンジテルペンは高度に縮環(注 7)した 4 環性炭素骨格上に多数の酸素官能基を有しています。本天然物群が示す多様な生物活性のうち、HIV 潜伏感染細胞の再活性化能は、HIV 感染症である後天性免疫不全症候群(AIDS)の根治戦略の一つである「Shock and kill」アプローチの実現に大きく貢献するため、特に注目を集めています。
高度に縮環した炭素骨格の構築と、合理的な酸素官能基導入法を駆使して今回確立された本全合成法は、有機合成化学の発展に寄与します。さらに本戦略の応用により、チグリアンジテルペンを基盤とした多種多様な誘導体の合成が可能となり、「Shock and kill」アプローチを一層推進させる創薬シード化合物(注 8)の創出が期待されます。

発表内容

〈研究の背景〉
チグリアンジテルペンはトウダイグサ科およびジンチョウゲ科の植物から単離される天然物です。この天然物群に属する化合物は、高度に縮環した 5/7/6/3 員環(ABCD 環)からなる複雑な炭素骨格上に多数の酸素官能基を有しています。化合物ごとに B 環の酸化様式および C 環のアシル化様式が異なっており、これがチグリアンジテルペン類に多様な生物活性をもたらします。特にヒト免疫不全ウイルス(HIV)潜伏感染細胞を再活性化する能力は、今なお世界規模で蔓延している HIV 感染症の根治に向けた新規治療戦略の根幹をなすものとして注目を集めています。今日実用化されている抗 HIV 薬は高い抗ウイルス活性を示しますが、潜伏期 HIV を排除できないため、HIV 感染者は生涯にわたって薬剤を服用する必要があります。したがって、HIV 潜伏感染細胞を再活性化剤で活性化させたのち排除する「Shock and kill」アプローチは、HIV を体内から完全に排除できる可能性を持っています。また、複雑な三次元構造を有するチグリアンジテルペン類を有機合成化学によって網羅的に合成することは、有機合成化学上、極めて挑戦的な課題であるとともに、天然物を基盤とした未踏創薬領域の開拓に大きく貢献します。

〈研究の内容〉
本研究では、まず、チグリアンジテルペンのホルボールの全合成を 22 工程で達成しました。続いて全合成したホルボールから、ホルボール基本骨格上のアシル化様式および酸化様式の違いにより 3 つに分類したチグリアンジテルペン(それぞれの代表例として、ステレラリン、ステレラシン E、アセリフォリン A を示します)の網羅的な合成法を開発し、新たに 11 種類のチグリアンジテルペンの世界初の全合成を 26 工程から 34 工程で達成しました。
リアンジテルペンの世界初の全合成を 26 工程から 34 工程で達成しました。
ホルボール全合成は、15 工程で合成可能な既知の ABC 三環性化合物(J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 12387–12396)の C 環に対する立体選択的な酸素官能基導入と続くピラゾリン(注 9)を経由した環縮小型三員環形成反応により実現しました。次に本研究グループは、C 環上のヒドロキシ基の反応性の違いを利用し、異なるアシル基を順次導入しました。その結果、ステレラリンを含むアシル化様式の異なる 4 種類のホルボールジエステル(注 10)を全合成しました。続いてオクタン酸エステルを有するホルボールジエステルに対して、光励起により生じる一重項酸素を用いた酸化を行うことで、B 環に酸素官能基を位置・立体選択的に導入しました。その後、新たに導入した酸素官能基の酸化度および位置の調整を行うことで、ステレラシン E を含む 5 つのチグリアンジテルペンを全合成しました。最も酸素官能基化されたチグリアンジテルペンの全合成では、B 環の凹面に位置したエポキシドの構築が課題となりました。本研究グループは環状アセタール(注 11)構造を B 環に導入して立体障害を三次元的に調整することで、立体選択的にエポキシドを構築することに成功し、アセリフォリン A を含む 2 種類のチグリアンジテルペンを全合成しました。
得られた 12 種類のチグリアンジテルペンを HIV 潜伏感染細胞再活性化試験に供しました。その結果、HIV 再活性化天然物として知られるプロストラチンよりも高い活性を有する 7 種類のチグリアンジテルペンを見出しました。そのうちの 5 種類は、プロストラチンよりも 200 から 300 倍の強力な再活性化能を有します。

〈今後の展望〉
本研究では、既知の三環性中間体に対する酸素官能基導入と三員環形成反応によりホルボールの全合成を達成しました。また、官能基直交性の優れた反応剤と基質の三次元構造の精密な制御の組み合わせにより、アシル化様式および酸化様式の異なる 11 種類のチグリアンジテルペンの全合成を達成しました。チグリアンジテルペンの網羅的全合成は包括的な HIV 潜伏感染細胞の再活性化試験を可能とし、顕著な活性を示す 7 種類の天然物を見出しました。本研究で確立した全合成法は、チグリアンジテルペンを基盤とした多種多様な誘導体の合成を可能とし、HIV 感染症の根治戦略の一つである「Shock and kill」アプローチを強力に推進することが期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院薬学系研究科
井上 将行 教授
長友 優典 講師(研究当時)
渡邉 歩 博士課程(研究当時)
廣瀬 哲 博士課程(研究当時)
彦根 悠人 博士課程

論文情報

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
題 名:Total Syntheses of Phorbol and 11 Tigliane Diterpenoids and Their Evaluation as HIV Latency-Reversing Agents
著者名:Ayumu Watanabe, Masanori Nagatomo, Akira Hirose, Yuto Hikone, Naoki Kishimoto, Satoshi Miura, Tae Yasutake, Towa Abe, Shogo Misumi, and Masayuki Inoue*
DOI : 10.1021/jacs.4c01589
URL : https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.4c01589

研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS)[科学研究補助金 基盤研究(S) (22H04970:研究代表者 井上将行)、基盤研究 C、学術変革領域研究(A)(22K06521, 22H05341:研究代表者 長友優典)、特別研究員奨励費(18J22552:特別研究員 廣瀬哲)、特別研究員奨励費(23KJ0579:特別研究員 彦根悠人)]および興和生命科学振興財団(採択者 長友優典)の支援を受けて実施しました。

用語解説

注1) 環縮小反応:
反応の前後で環を構成する原子数が減少する反応のことです。
注2) チグリアンジテルペン:
20 個の炭素で構築された天然物のうち、ホルボールを基本骨格とする天然物群のことです。
注3) 全合成:
単純な構造を有する化合物から、多段階の化学変換を組み合わせて標的となる天然物を完全化学合成することです。
注4) アシル化:
R-CO-の構造を持つ官能基をアシル基と呼びます(R は炭素官能基を表します)。アシル化は、アシル基を導入する反応のことを指します。
注5) 一重項酸素:
基底状態の酸素分子は三重項酸素と呼ばれ、2 つの軌道を 1 つずつの電子が占有しているビラジカルです。三重項酸素は、光増感剤を用いた光励起により 2 つの軌道のうち 1つが 2 つの電子で占有され、残る軌道が空である状態となった酸素分子です。空の電子軌道の存在により強力な酸化力を示します。
注6) エポキシ化:
エポキシド(2 つの炭素と 1 つの酸素からなる 3 員環)を形成させることを指します。
注7) 縮環:
2 つの環が 2 つの原子を共有して結合した構造のことを指します。
注8) シード化合物:
医薬の種であるヒット化合物の中から、物性、合成展開の可能性などを考慮して選抜した化合物のことです。
注9) ピラゾリン:
5 員環上に隣り合う 2 つの窒素原子を有する複素環式化合物です。
注10) エステル:
R-CO-OR’の構造を持つ官能基のことです(R、R’は炭素官能基を表します)。
注11) アセタール:
R3-C(OR1)(OR2)-R4 の構造を持つ官能基のことです(R1、R2、R3、R4 は炭素官能基を表します)。

詳細はこちら:東京大学 プレスリリース

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