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長友(A01)グループの研究成果「抗がん剤タキソールの全合成」がプレスリリースされました

抗がん剤タキソールの全合成
―特異な縮環構造を有する複雑天然物の完全化学合成―

発表のポイント:

  • 特異な 4 環性炭素骨格上に、非常に歪みのかかった部分構造や多数の酸素官能基を有する複雑天然物であるタキソール(抗がん剤)の全合成を達成しました。
  • 独自に開発したラジカル反応を活用して複雑な分子骨格を効率的に構築し、タキソールの全合成を 34 工程で実現しました。
  • 本研究で確立した合成戦略を応用することで、今後、複雑天然物を基盤とした創薬研究における有機合成化学の進化を加速することが期待されます。

発表概要:

タキソール(パクリタキセル)はタイヘイヨウイチイの樹皮より単離された天然物です。本天然物は顕著な抗がん活性を示し、乳がん、卵巣がん、肺がんなどの治療薬として、広く臨床利用されています。その強力な抗がん活性は、特異な炭素骨格上の多数の極性官能基の三次元的配列に起因します。タキソールは構造的特徴として、6/8/6 員環が高度に縮環した 3 環性炭素骨格上に、歪みのかかった橋頭位オレフィン(注 1)やオキセタン環(注 2)、8 つの酸素官能基および 9 つの不斉中心を有することが挙げられます。このように複雑な三次元炭素骨格上に、多数の酸素官能基が密集した天然物を有機合成化学的に組み上げていくことは極めて困難であり、タキソールの全合成(注 3)は有機合成化学上、極めて挑戦的な課題です。

今回、東京大学大学院薬学系研究科の今村祐亮 博士研究員、高岡恭兵 大学院生、小森優真大学院生、長友優典 講師、井上将行 教授の研究グループは、分子間および分子内でのラジカル反応(注 4)を活用してタキソールの複雑な分子骨格を高効率的に構築し、タキソールの全合成を総 34 工程で達成しました。

ラジカル反応を基盤とした本全合成は天然物合成化学における新たな戦略を提示するものです。また、多数の酸素官能基で修飾された複雑な構造の中間体にも適用可能な本合成戦略は、他の多くの複雑天然物の全合成へと応用展開可能であり、創薬における有機合成化学の進化を加速することが期待されます。

発表内容:

タキソール(パクリタキセル)はタイヘイヨウイチイの樹皮より単離された天然物であり、タキサンジテルペン(注 5)に分類されます。タキサンジテルペンは、6/8/6 員環(ABC 環)が複雑に縮環した炭素骨格上に歪みのかかった橋頭位オレフィンや多数の酸素官能基および不斉中心を備えた化学構造を共有しています。タキソールはタキサンジテルペンの中でも最も複雑な構造を有する天然物の一つであり、タキサンジテルペンが共有する複雑な構造以外にも、さらに歪みのかかったオキセタン環や β-アミノ酸部位を有しています。また、タキソールは顕著な抗がん活性を示し、乳がん、卵巣がん、肺がんなどの治療薬として、広く臨床利用されています。タキソール以外のタキサンジテルペンにおいても抗腫瘍活性を有する天然物が数多く報告されており、実際にタキソールと類似の構造を有する化合物が新規抗がん剤として薬事承認されています。有機合成化学的に挑戦的かつ創薬科学的に重要なタキソールは数多くの有機合成化学者の興味を惹き続け、50 年以上にわたって合成研究が行われています。これまでに 13 例の創造性に富む全合成が報告されてきましたが、それぞれの合成例がその時代の有機合成における最新の戦略と戦術の進化を表してきました。

今回、本研究グループは、炭素ラジカル種の反応性を精密に制御した分子間および分子内でのラジカル反応を組み合わせることで、タキソールが有する特異な 3 環性骨格を迅速に構築することに成功しました。さらに、多数の酸素官能基の共存下で分子の三次元構造を活用した、位置および立体選択的な官能基変換を行い、タキソールの全合成を達成しました。

本全合成では、まずタキソールの A 環と C 環に対応する部分構造を分子間ラジカルカップリング反応により連結しました。2019 年に本研究グループは、A 環に対応するカルボン酸から1 工程の化学変換で導けるアシルテルリド(注 6)を経由し、脱一酸化炭素を伴うラジカルカップリング反応を用いて同カップリングを実現していました。今回は0.1%の白金を添加した二酸化チタン存在下、同じカルボン酸に対して光照射することで脱二酸化炭素を伴うラジカルカップリング反応を行い、より簡便で環境負荷の少ない形での 2 分子連結を実現しました。続いて、第四級不斉炭素の構築を含めた 3 工程の化学変換で導いた化合物をピナコールカップリング(注 7)条件に付すことで、所望の立体構造を有する 3 環性(ABC 環)中間体を合成しました。多数の酸素官能基を有する部分構造を、ラジカル反応を用いて収束的に連結することで、タキソールの複雑な分子骨格を高効率的に構築しました。その後、分子の三次元構造を活用して、立体的に込み入った位置に立体選択的に酸素官能基を導入し、タキソールの合成に必要な酸素官能基を有する中間体の合成を実現しました。最終的に、中間体に存在する複数の酸素官能基の酸化度、保護基、および立体環境の違いを制御して、タキソールが有する複数の種類のアシル基(注 8)を順次導入することでタキソールの全合成を総 34 工程で達成しました。

ラジカル反応を基盤とした本全合成は天然物合成化学における新たな戦略を提示するものです。また、多数の酸素官能基で修飾された複雑な構造の中間体にも適用可能な本合成戦略は、他のタキサンジテルペンを含む、多くの複雑天然物の合成へと応用可能であり、創薬における有機合成化学の進化を加速することが期待されます。

本研究は、日本学術振興会(JSPS)[科学研究補助金 基盤研究(S)、新学術領域研究(研究領域提案型) (17H06110, 22H04970, 17H06452:研究代表 井上将行)、基礎研究(C)、学術変革領域研究(A) (22K06521, 22H05341:研究代表 長友優典)、特別研究員奨励費(20J22479:特別研究員 今村祐亮)および卓越大学院プログラム(採択者 高岡恭兵)の支援を受けて実施しました。

発表雑誌:

雑誌名:「Angewandte Chemie International Edition」(オンライン版:1 月 19 日)
論文タイトル:Total Synthesis of Taxol Enabled by Inter- and Intramolecular Radical Coupling Reactions
著者:Yusuke Imamura, Kyohei Takaoka, Yuma Komori, Masanori Nagatomo, and Masayuki Inoue*
DOI 番号:10.1002/anie.202219114
アブストラクト URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202219114

用語解説:

注 1) 橋頭位オレフィン:架橋構造を有する分子構造の架橋部位にある二重結合(オレフィン)のことです。一般的に二重結合は平面構造をとっているため、平面構造をとりづらい橋頭位オレフィンは歪みがかかった構造になります。
注 2) オキセタン環:飽和の 4 員環に酸素を 1 つ含んだ環状エーテル構造です。通常の飽和炭素の結合角は約 109.5°ですが、4 員環を形成するには 90°に近くなる必要があるため、大きな歪みがかかります。
注 3) 全合成:単純な構造を有する化合物から、標的となる天然物を多段階の化学変換を組み合わせて完全化学合成することです。
注 4) ラジカル反応:通常は電子が 2 個 1 組で軌道上に存在しますが、ラジカルは電子が軌道上に 1 つしかありません。このラジカルを用いた反応のことであり、電気的に中性でありながら反応性が高いという性質を持ちます。
注 5) タキサンジテルペン:20 個の炭素で構築された、タキソールと類似の分子骨格を有する天然物群のことです。
注 6) アシルテルリド:カルボニル基(C=O の二重結合)にテルル原子が結合した部分構造のことです。高反応性なラジカル種の化学的に安定な前駆体として用いられています。
注 7) ピナコールカップリング:二つのカルボニル基の炭素原子間で還元的に結合を形成することで、1,2-ジオール構造を得る反応です。
注 8) アシル基:R-CO-の構造を持つ官能基のことです(R は炭素官能基を表します)。

詳細はこちら:東京大学プレスリリース

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