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跡部(A02)グループの研究成果「水を原料とし電気で駆動するグリーンな化学合成システムを開発」がプレスリリースされました

水を原料とし電気で駆動するグリーンな化学合成システムを開発
香料や医薬品の中間体を持続可能な方法で効率的に製造

本研究のポイント

  • 香料や医薬品の中間体として利用されている環状アルコールを電気エネルギーと水を用いてグリーンに合成する電解システムを開発した。
  • ロジウム触媒を組み込んだプロトン交換膜(Proton Exchange Membrane, PEM)型電解リアクターを用いることで、極めて高いジアステレオ選択性と電流効率で環状ケトンを水素化することに成功した。
  • オペランド赤外分光分析により、用いる金属触媒の種類に応じて環状ケトンの吸着状態が変化し、ロジウム触媒の場合には目的物を得る上で好ましい吸着状態を経やすいことが示唆された。
  • 本研究を通じ得られた知見は、環境調和型物質生産の実現に向けた化学産業の”電化”の基盤技術創出に資するものである。

研究概要

横浜国立大学 大学院工学研究院の跡部 真人 教授、信田 尚毅 助教らの研究グループは東京工業大学と共同で、プロトン交換膜(Proton Exchange Membrane, PEM)型電解リアクターを用いることで、環状ケトンを電気化学的に還元し、ジアステレオ選択的に環状アルコールを得ることに成功しました。環状アルコールは香料や医薬品の重要な合成中間体であり、所望の立体構造を選択的に与えるジアステレオ選択的合成は、高付加価値な環状アルコールを合成する上で極めて重要な反応です。本手法は、水を原料とし、電気エネルギーで駆動するクリーンな合成技術であり、持続可能なファインケミカル製造の実現に貢献することが期待されます。

本研究成果は米国化学会の雑誌 ACS Energy Letters に受理され、オンライン版が 2023 年 1月 18 日に公表されました。

<発表雑誌>
雑誌名:ACS Energy Letters
論文題目:Diastereoselective Electrocatalytic Hydrogenation of Cyclic Ketones Using a Proton-Exchange Membrane Reactor: A Step toward the Electrification of Fine-Chemical Production
論文著者:Yugo Shimizu, Juri Harada, Atsushi Fukazawa, Tomohiro Suzuki, Junko N. Kondo, Naoki Shida,* Mahito Atobe*
(清水 勇吾, 原田 珠里, 深澤 篤, 鈴木 智裕, 野村 淳子, 信田 尚毅, 跡部 真人)

【研究成果】

有機電解合成は電気分解により有機合成を行う概念であり、化学産業を「電化」する次世代型物質合成法として近年高い注目を集めています。特に、固体高分子電解質電解装置を用いる有機電解合成は、一般的な電解反応に必須である支持電解質を必要とせず、また高いエネルギー変換効率や高いスケール収率(単位体積あたりの生産速度)を示すことから、有機電解合成を社会実装する上での鍵技術と期待されています。本研究では、香料や医薬品中間体に用いられる環状アルコールのクリーンな合成法の確立を目的に、ジアステレオ選択的な環状ケトンの電解還元に挑戦しました(図1)。ここでターゲットとする環状アルコールは、対応するエステル類が広く香料として用いられており、化学産業における重要な合成中間体です。例えば 4-tert-ブチルシクロヘキサノールから得られるエステルの場合、シス体の方がトランス体に比べて香料として好ましく、そのため環状ケトンの立体選択的な還元が合成上極めて重要であることが知られています。

我々は、プロトン交換膜(Proton Exchange Membrane, PEM)型電解装置を用いることで、環状ケトンを立体選択的に環状アルコールへ還元することに成功しました。種々触媒を検討した結果、ロジウム触媒を用いた際に極めて高い立体選択性と電流効率(流した電流が所望の反応に使われた割合)で目的反応を達成することを見出しました(図2)。オペランド赤外分光に基づく解析により、ロジウム触媒は環状ケトンを立体選択的に還元しやすい吸着モードを与えることが明らかとなりました。また、固体高分子電解質電解装置を用いた有機電解合成では初となるグラムスケール(5g)での反応にも成功しました(図3)。これにより、4-tert-ブチルシクロヘキサノンから対応するシス体アルコールを 98%の立体選択性で得ることに成功しています。これは、原料に比べて 52 倍高価な生成物を電気エネルギーと水を用いて合成したことを意味しており、本システムの極めて高い耐久性、生産性、経済性を実証することができました。

【社会的な背景】

国際エネルギー機関(International Energy Agency, IEA)の報告によれば、化学部門は産業分野で最も多くのエネルギーを利用しており、またカーボン排出量は第3位であると言われています。その結果、2021 年の化学産業における二酸化炭素排出量は 925 M トンにのぼります。そのため、化学産業において旧来用いられてきた高エネルギーの投入(高温・高圧・高反応性試薬の利用)に基づく合成プロセスを脱却することは、人為的活動におけるカーボン排出量を実質的にゼロとするネットゼロ・エミッションを実現するための、極めて重要な課題であると言えます。我々が取り組む有機電解合成は、有機合成化学を「電化」するための鍵技術であると考えられており、本研究成果は持続可能な化学産業の実現に資するものと期待されます。

【今後の展開】

化学産業において用いられる有機反応は極めて多彩です。一方、PEM 型リアクターに代表される固体高分子電解質電解装置を用いる有機電解合成の実施例はまだ少数であり、実施規模もラボスケールにとどまります。しかしながら本研究が示したように、固体高分子電解質電解装置は、従前の化学プロセスを凌駕する選択性や生産性を極めてグリーンな反応条件で実現するポテンシャルを有しています。現在我々は、固体高分子電解質電解装置を利用し、様々な有機電解合成反応を実証・ライブラリ化していくことに取り組んでいます。また、プロセスとしての実用性を高めるため、反応のスケールアップや長時間運転といったプロセス開発にも取り組んでいます。これらを通じ、固体高分子電解質電解によるファインケミカル合成の社会実装を目指しています。

詳細はこちら:横浜国立大学プレスリリース

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