トピックス

原田(A01)グループの研究成果「実験と AI の融合︕ホウ素触媒反応の新展開と新理解」がプレスリリースされました

実験と AI の融合︕ホウ素触媒反応の新展開と新理解
―環境に配慮した⾦属代替法の発展に貢献―

千葉⼤学⼤学院医学薬学府博⼠後期課程2年⽣ 伊藤翼⽒、⼤学院薬学研究院 原⽥慎吾講師及び根本哲宏教授の研究グループは、機械学習(AI)を活⽤し、ホウ素触媒を⽤いた新しい脱芳⾹族化反応注1)の開発に成功しました。本研究成果により、⾦属を⽤いずに⽣物活性注2)を有する分⼦群のコア⾻格を構築できることから、⾃然環境に配慮した合成法への発展が期待できます。この研究成果は 2022 年 12 ⽉ 12 ⽇に⽶化学雑誌”ACS Catalysis“オンライン版にて公開されました。

■研究の背景

原⼦番号5番のホウ素原⼦(元素記号 B)は、ネオジム磁⽯や耐⽕ガラスなどの原料に含まれており、⽣活を⽀えている“縁の下の⼒持ち”な元素種です。有機化学分野では、1979 年にノーベル化学賞の対象研究となったブラウンヒドロホウ素化反応、2010 年にノーベル化学賞の対象研究となった鈴⽊・宮浦カップリング反応を例として、有機ホウ素化合物は極めて重要な役割を担っております。その他にもホウ素の特性を活⽤した有⽤な化学反応が数多く開発されてきました。⼀⽅、化学反応の⼀つである脱芳⾹族化反応は平⾯的な構造を持ち、⼊⼿しやすい芳⾹族化合物を、⽣体とより強い作⽤が期待されるが、合成が難しい三次元的な化学構造へと⼀挙に変換できる反応であり、天然有機化合物や、薬理効果を⽰す分⼦の⼈⼯合成に⽤いられる⼿法です。⼀⽅、この反応の難点として、安定的な芳⾹族化合物の芳⾹族性を壊す(脱芳⾹族化)のに⼤きな活性化エネルギーを要する点や、⼀般に⾼価であったり毒性があったりする⾦属元素を含む触媒が必要となる点が挙げられます。研究グループは、⼈体への害が少なく安価、さらに電⼦を受け取る⼒が強いという特性を有するホウ素原⼦を含む触媒に着⽬し、この特性を活⽤することで、環境負荷に配慮したメタルフリーな脱芳⾹族化反応の開発ができると考えました(図1)。

■研究成果1- 実験と AI を織り交ぜた効率的な反応条件の探索

研究グループは、平⾯構造をしたフェノール環を有するジアゾ化合物をホウ素触媒と反応させました。すると、脱芳⾹族化反応が進⾏し、三次元構造であるスピロ環注3)を有する分⼦へと変換することに成功しました(図2(1)⾚部分)。この構造は、医薬品に使われている分⼦の構造(図 2(2)⻘部分)によく似ているため、今後医薬分⼦の基本的な⾻格として利⽤できる可能性があります。
本反応は⾦属元素を含む触媒を⽤いると収率が低かったため、ホウ素触媒を使うことが成功の鍵でした。
これらの検討結果を踏まえ、多様な芳⾹族化合物への適応を検討しました。まず、コンピューターに試薬の当量、溶媒の種類、温度といった反応条件と結果の傾向を学習させ、少ない労⼒で結果の改善が期待できるAI⼿法(ベイズ最適化注4))を取り⼊れました(図 3)。この結果、わずか7回という最低限の検討回数で反応条件の⼤幅な改善に成功しました。これは従来の検討⼿法に⽐べ、約10分の1以下の検討量であり、検討時間が約2-3ヶ⽉ほど短縮されています。また、この条件を活⽤することで 20 種類の化合物に本反応を適⽤することができました。

■研究成果2- コンピュータシミュレーションの活⽤による新しい中間体の発⾒

さらに同研究グループは、DFT 計算注5)を⽤いて開発した反応のメカニズムを解析しました。解析
の結果、これまでに提唱されていなかった新しい活性化モードが発⾒されました。本反応ではジア
ゾ化合物がホウ素触媒により活性化され、鍵となる中間体(カルベン注6))へと変換されます。過去
には、ホウ素と酸素が結合を作る様式(B-O モード)、ホウ素と窒素が結合を作る様式(B-N モード)が報告されていましたが、本反応ではホウ素と炭素が結合を作る様式(B-C モード)を経由していることがわかりました(図 4)。この活性化モードは通常、多くの電⼦を持つ⾦属触媒がジアゾ化合物を活性化する際の様式であることが知られています。そのため電⼦の少ないホウ素触媒が同様の活性化モードを形成することは⾰新的な発⾒であり、この知⾒を踏まえた新しい反応や分⼦の設計が可能となることから、ホウ素化学および物質合成などの他の領域への波及効果が期待できます。

■研究者のコメント(千葉⼤学⼤学院薬学研究院 原⽥慎吾 講師)

今回の研究によって、これまで⾼価または毒性が懸念される⾦属原⼦を使わないと不可能と思われていた化学反応を、安価で毒性の低い有機触媒で引き起こす⼿法が開発されました。このような有機触媒を⽤いる反応は、環境調和型の有機合成として近年注⽬を浴びていましたが、有機触媒は⼀般に活性が⾼くなく、脱芳⾹族化反応のような⾼い活性化エネルギーを必要とする⼿法には適⽤が困難でした。有機触媒の新たな可能性を⾒出した本研究成果はグリーンケミストリーの観点から⾮常に画期的といえます。
また本研究では、AI を⽤いることで、6つの反応条件を同時に最適化し、収率を迅速に改善できました。さらに DFT 計算というコンピュータシミュレーションの⼿法を活⽤することで、これまで提案されてこなかった新しい活性化のモデルや中間体の存在を明らかにすることができたことは、有機合成化学分野でも同様のベイズ最適化法が AI 技術として応⽤できることを⽰唆しております。
本研究は主に、科学研究費助成事業、デジタル有機合成、武⽥科学振興財団研究助成の⽀援により遂⾏されました。

■論⽂情報

論⽂タイトル:Mechanistic investigation on dearomative spirocyclization of arenes with α-diazoamide under boron catalysis
著者:Tsubasa Ito, Shingo Harada, Haruka Homma, Ayaka Okabe, Tetsuhiro Nemoto
雑誌名:ACS Catalysis
DOIhttps://doi.org/10.1021/acscatal.2c04504

■⽤語解説

注 1)脱芳⾹族化反応:ベンゼンに代表される平⾯的な芳⾹族化合物を、三次元構造をもつ脂環式化合物へと変換する反応。
注2)⽣物活性:⽣物に対して、何かしらの効果を発揮する性質や状態(=活性)のこと
注3)スピロ環:2 つの環が1つ原⼦を共有した⼆環式構造のこと。
注4)ベイズ最適化:最適化したい値と様々なパラメーターを関数として関連づけ、その関数の回帰モデルを作成することで、⽬的の値を最適化する⼿法。
注5)DFT 計算:密度汎関数理論(Density Functional Theory)に基づく計算⼿法。電⼦密度やエネルギーなどの分⼦や原⼦の物性を予測することが可能。
注6)カルベン:炭素原⼦は四配位の状態(⼿が 4 本)が安定であるのに対して、不安定な中性⼆配位の状態の活性種。

詳細はこちら:千葉大学プレスリリース

TOP