トピックス

高須(A01)グループの研究「二種類の高反応性化合物を精密に反応させる新手法を開発」がプレスリリースされました

二種類の高反応性化合物を精密に反応させる新手法を開発
―医薬品の候補となる化合物の迅速な合成に期待―

概要

京都大学大学院薬学研究科 田渡司 博士課程学生、高須清誠 同教授、瀧川紘 同講師らの研究グループは、反応性の高い二種の化合物(イナミド化合物とベンザイン)を分子内で反応させることで、医薬品の原料や機能性有機材料として有用な窒素を含む複素環を精密に構築できることを発見しました。

ベンザインは有機化合物にベンゼン環を導入するための手法として古くから活用されていましたが、イナミドとの反応は知られていませんでした。もしイナミドが三原子成分として機能することで五員環をつくる新しい環形成反応が進行すれば、天然物や医薬品などの有用物質に広く見られるインドール構造を簡便に構築できます。しかし、どちらも反応性が高い化学種であるため、望まない位置での反応や過剰反応、さらに互いに出会う前に本来の反応性を失ってしまうことが問題でした。

今回、瀧川講師らの研究グループは、ともに高い反応性を有するイナミドとベンザインを分子内で反応させることで、こうした副反応の進行を抑制することに成功しました。これにより、医薬品などの候補化合物の迅速な探索や高効率な合成への応用などが期待されます。

本成果は、2023 年 3 月 9 日に国際科学誌「Angewandte Chemie International Edition」にオンライン掲載されました。

1.背景

新しい化学反応の開発は、医薬品、農薬、化粧品、高分子材料などの様々な分野において有用な化合物や材料を供給する機会をもたらします。化学反応の開発に取り組む際、高い反応性を有する化合物を用いることには、様々な利点があります。まず、反応の進行に必要な活性化エネルギーが低いため、反応自体が進行しやすいことが挙げられます。また、通常の化合物を用いる反応では難しい、新しい形式の結合形成や骨格構築が可能になる場合があります。一方で、高い反応性を有する化合物を手懐けて狙った反応を進行させることは、必ずしも容易ではありません。これは、反応性が高いゆえに、望まない位置での反応や自己反応、生成物に対する過剰反応がしばしば問題になるからです。

今回の研究に用いたベンザインとイナミド化合物はいずれも古くから知られた高反応性化合物です。とりわけベンザインはベンゼン環の一辺が形式的に三重結合になることによって歪んだ構造を有し、極めて高い反応性を有する刹那的な化学種です。実際、ベンザインは反応相手と適切に反応できない場合は自己反応を起こしたり、例え首尾よく反応しても生成物とさらに反応したりすることから、その制御が難しいことが知られています。一方、近年、ユニークな複素環構築への活用で注目されているイナミド化合物もまた、炭素―炭素三重結合をもつ電子豊富な化合物として高い反応性を示します。いずれも魅力的な高反応性化合物ですが、これらを単純に反応させただけではうまく反応しないことが課題でした。

2.研究手法・成果

瀧川講師らの研究グループでは、イナミド化合物とベンザインを分子内で反応させることで、窒素を含む複素五員環を精密に構築できることを発見しました。きっかけとなったのは、本研究グループが以前に開発した「 新 規 ベ ン ザ イ ン 前 駆 体 」 を 用 い た こ と で す ( 文 献 情 報 : Chemical Communications DOI: 10.1039/D1CC05264K)。これは、反応基質同士をあらかじめ繋げておくための連結部位を備えた前駆体です。これを用いることにより、本質的に不安定で取り扱いの難しい二種類の反応基質を簡便に繋げられるようになり、その分子内反応を詳細に調べることができるようになりました。本研究によって明らかになった化学的知見を以下に示します。

① イナミド化合物がベンザインとの環形成反応において三原子成分として機能すること
これまでイナミド化合物を三原子成分として環形成反応に利用した例は、炭素―炭素三重結合をもつ単純な化合物との反応一例に留まっていました。一方、本研究では、ベンザインとの反応においても三原子成分として振る舞うことを初めて明らかにしました。ポイントは、分子内反応にすることによって両者の近づき方をコントロールしたことです。これによって、従来にない環形成反応が進行することを実証できました。

② 環形成後のイリド中間体がカルベンとしての反応性を示すこと
環形成反応によって生じる生成物はイリドと呼ばれるものですが、これまで報告のあった関連化合物では、電子を受け取る相手との反応のみが知られていました。一方、本研究では、電子を与える相手との反応や炭素―水素結合の間に割り込む反応など、イリドの共鳴構造に当たるカルベンと呼ばれる化学種としての反応性も示し、インドール化合物やキノリン化合物など、窒素原子を含む多様な化合物に変換できることを明らかにしました。これは、今回発見した新しい環形成反応が、様々な複素環構築に応用できることを示すものです。

3.波及効果、今後の予定

本研究成果は、医薬品、農薬、化粧品、高分子材料などの、多様な有用物質に広く含まれるインドール化合物を合成するための新しい手法を提供するものです。したがって、従来法では合成困難な多様な有用化合物の迅速な探索に貢献することが期待されます。また、ベンザインを含む2つの高反応性化合物を繋いで分子内で反応させるアプローチは、反応相手としてイナミド化合物以外にも応用可能であるため、多彩な新分子の創出が期待されます。

4.研究プロジェクトについて

  • 日本学術振興会 科学研究費補助金 学術変革領域 A [JP21H05211] 研究代表:高須清誠
    課題名「多成分連続反応のデジタル精密制御」
  • 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究B[JP21H02068] 研究代表:瀧川紘
    課題名「複合構造を有する中分子天然物を基盤とした生物活性分子の創製」
  • 有機合成化学協会 塩野義製薬研究企画賞 研究代表:瀧川紘
    課題名「ベンザインの分子内反応を拡張するプラットフォーム分子の開発」
  • (公財)日本科学協会 笹川科学研究助成 研究代表:田渡司
    課題名「ベンザインとアルキンのエン反応を鍵としたヘテロ原子置換アレンの立体特異的合成」
  • 科学技術振興機構 科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業 研究代表:田渡司
    課題名「ベンザインとアルキンのエン反応を鍵としたヘテロ原子置換アレンの立体特異的合成」
  • 日本医療研究開発機構 創薬等ライフサイエンス研究支援基盤プラットフォーム [22ama121042j0001 and
    22ama121034j0001] 研究分担:高須清誠

<用語解説>

イナミド化合物:三重結合を構成する二つの炭素の一方に窒素置換基が直接結合した構造をもち、高い反応性を有する。天然物や医薬品合成における原料として注目されている。

ベンザイン:ベンゼンの隣接する 2 個の炭素原子から 2 個の水素を除くことで形式的に三重結合になった部分構造をもち、分子式は C6H4 である。ベンゼン環を導入する化学反応の重要な中間体であるが、反応性に富み、安定に存在する分子ではない。

複素環:炭素以外の原子を少なくとも一つ含む環構造。炭素以外の原子には、主に窒素、酸素、硫黄などの元素が含まれる。複素環をもつ化合物は、DNA やタンパク質など多くの生物学的に活性な分子の重要な構成要素である。

インドール:ベンゼン環にピロール環と呼ばれる窒素原子を含む複素環が融着した構造をもつ化合物。この構造をもつ化合物は、天然物にも合成品にも多数存在する。

共鳴構造:ある分子が一つの構造だけでは表現できず、いくつかの構造の重ね合わせとして表現される場合、それら複数の構造のことを共鳴構造と呼ぶ。共鳴は、有機化合物の反応性や安定性と密接に関わる。

<研究者のコメント>

ベンザインという暴れ馬の手綱を握ることにより、イナミドが 3 原子成分として振舞う非常に珍しい反応を見出しました。最近、海外の研究グループから関連研究が先に報告されましたが、本研究ではそれまで未解明だった中間体の性質を、実験的手法と計算化学的手法を組み合わせて丁寧に明らかにし、却って良い形でまとめることができました。これにより、多様な置換基を有するインドール化合物や多環性キノリン化合物の合成が可能になりました。(田渡司)

<論文タイトルと著者>

タイトル:Intramolecular Ynamide–Benzyne (3+2) Cycloadditions(イナミドとベンザインの分子内(3+2)環化付加反応)
著 者:田渡司(京都大学大学院薬学研究科 博士後期課程2年)、加藤律希(京都大学薬学部6年)、工藤陸(京都大学大学院薬学研究科 一貫制博士課程1年)、高須清誠(同 教授)、瀧川紘(同 講師)
掲 載 誌:Angewandte Chemie International Edition
DOI:10.1002/anie.202300907

詳細はこちら:京都大学 最新の研究成果

TOP