大嶋(A01)グループの研究「反応における官能基情報を評価する『官能基評価キット』を開発」がプレスリリースされました

反応における官能基情報を評価する「官能基評価キット」を開発
精度の高い有機合成のデータベース構築への第一歩として期待

ポイント

① 化学反応において様々な官能基がどのような影響を与えるかを網羅的に評価できる「官能基評価キット(FGE kit:Functional Group Evaluation kit)」を開発しました。
② 各官能基による影響の評価には、有機合成分野ではこれまでほとんど用いられてこなかった統計的手法を採用しました。
③ 高度化する医薬品合成ルート探索のためのデータベースを構築する上で、重要な情報源となることが期待されます。

概要

人工知能や機械学習は近年急速に発展し、様々な分野で利用され始めていますが、有機合成化学の分野では未だ発展途上です。近年、既知の情報を元に合成経路を提案するツールが開発・利用され始めましたが、医薬品候補化合物や天然物などの複雑化合物に適用するには未だ不十分です。複雑化合物の合成予測を難しくする要因の一つとして、化合物に複数の異なる官能基(※1)が共存することがあげられます。官能基は反応の結果に大きな影響を与えますが、その影響について信頼性の高いデータベースは存在せず、既存のデータベースに基づく予測の精度低下につながっていました。
九州⼤学⼤学院薬学研究院の⼤嶋孝志教授、森本浩之講師(当時、現 九州工業大学大学院工学研究院 物質工学研究系 准教授)、齋藤菜月大学院⽣(当時)、縄稚杏奈⼤学院⽣らの研究グループは、官能基の情報を網羅的に収集可能なツールとして「官能基評価キット(FGE kit)」を開発しました。本研究では、医薬品や天然物に見られる官能基をもつ26種類の化合物群を官能基評価キットとして用意し、添加剤として反応に共存させることで、官能基が反応に与える情報を収集しました。得られた情報は、これまで有機合成化学の分野ではほとんど用いられてこなかった統計的手法によって処理し、評価しました。統計的手法を採用したことにより、信頼性の高いデータベースを構築可能となります。
本研究成果は、日本化学会が出版する国際誌「Bulletin of the Chemical Society of Japan」のオンライン版に2023年4月19日(日本時間)に掲載されました。

【研究の背景と経緯】

人工知能や機械学習は近年急速に発展し、様々な分野で利用され始めています。しかしながら、有機合成化学の分野では古くから膨大な数の実験と解析を積み重ねる帰納的アプローチに支えられており、現在もなおその傾向が色濃く残ります。近年では、計算科学などの演繹的アプローチで開発効率が向上してきましたが、機械学習の利用は他の分野と比較して大幅に遅れをとっています。有機合成の分野における機械学習の利用例として、化合物の合成経路を自動探索するツールがあげられます。近年の機械学習の発展もあり、実際に利用可能なレベルとなりましたが、医薬品候補化合物や天然物などの複雑化合物に適用するには未だ不十分なのが現実です。複雑化合物の合成予測を難しくする要因の一つとして、化合物に複数の異なる「官能基」が共存することがあげられます。官能基は反応の結果に大きな影響を与えますが、その影響について信頼性の高いデータベースは存在せず、既存のデータベースに基づく予測の精度低下につながっていました。また、従来、官能基情報はその官能基を反応基質に組み込むことによって評価されており、実施には官能基を含む原料を反応ごとに個別に合成する必要があります。当然、その合成には時間とコスト、労力を要するため、有機合成研究者にとって大きな負担の一つとなっていました。
学術変革領域研究A「デジタル化による高度精密有機合成の新展開(略称:デジタル有機合成)」(領域代表:大嶋孝志)では、これらの問題を解決すべく、有機化学の機械学習に最適化した領域独自のデータベースの構築を目標としています。既存のデータベースに加え、官能基に関する網羅的な情報を加えることで、有機合成の自動化、高速化が大きく前進することを期待しました。

【研究の内容と成果】

本研究では、ドイツの化学者であるGloriusらの以前の研究(Nat. Chem. 2013, 5, 597)を参考に、医薬品や天然物に広く見られる官能基をもつ26種類の化合物群を「官能基評価キット(FGE kit:Functional Group Evaluation kit)」として独自に用意し、添加剤として反応に共存させることで、官能基が反応に与える情報を収集しました。私たちの官能基評価キットでは、官能基を取り付ける母骨格としてp-クロロフェニル構造を選択し、一般的な有機化学の研究室で利用可能な様々な分析手法が適用できるように工夫しました。本アプローチでは、複数の反応を評価するのに共通の化合物を添加剤として使用できるため、反応ごとに原料を合成し直す手間がかかりません。

官能基評価キットを、有機化学で代表的に用いられる反応や、私たちの研究室が独自に開発した反応に適用し、反応にどのような影響を与えるかと、添加した官能基化合物の残存率を評価しました。本評価キットの開発の目的は、官能基共存性に関する網羅的なデータベースの構築であるため、その評価には統計学的手法を採用し、信頼性の高いデータ収集に努めました。従来の有機合成化学の分野では、統計的な手法が用いられることはほとんどなかったため、機械学習に利用可能なデータベース構築を志向した本研究の重要な特徴の一つで、この点で他の研究と一線を画しています。

また、官能基化合物の残存率が低下した場合に、その「行方」まで追跡をおこないました。官能基自身が反応するいわゆる「副反応」は、研究者が想定していない化合物を与えるため、見落とされることがほとんどです。しかし、この予期せぬ副反応が新しい化学反応の発見につながることもあります。先述のとおり、官能基評価キットでは様々な分析手法で解析しやすい構造を採用しているため、副反応による生成物も詳細に解析することができました。これらの解析が、新たな反応の開発につながることも期待されます。

【今後の展開】

現在、学術変革領域研究A「デジタル有機合成」に参画する研究者によって、官能基評価キットによる様々な有機合成反応に関する情報収集が進められています。今後、より多くの研究者が官能基評価キットを活用することで、官能基に関するデータベースが構築され、有機合成の自動化、高速化が進むことが期待されます。

【用語解説】

(※1) 官能基
有機化合物中に見られる特定の原子の集まり。化合物の性質を特徴づける。ヒドロキシ基、アミノ基、カルボキシ基など。

【謝辞】

本研究は学術変革領域研究A「デジタル化による高度精密有機合成の新展開(略称:デジタル有機合成)」(JP21A204, JP21H05207, JP21H05208)、JSPS科研費 (JP17H03972, JP21H02607, JP21K06477)、⽇本医療研究開発機構(AMED)(JP21am0101091, JP22ama121031)、武⽥科学振興財団、公益信託医⽤薬物研究奨励富岳基⾦などの助成を受けたものです。

【論文情報】

掲載誌:Bulletin of the Chemical Society of Japan
タイトル:Functional Group Evaluation Kit for Digitalization of Information on the Functional Group Compatibility and Chemoselectivity of Organic Reactions
著者名:Natsuki Saito, Anna Nawachi, Yuta Kondo, Jeesoo Choi, Hiroyuki Morimoto, Takashi Ohshima
DOI:10.1246/bcsj.20230047

詳細はこちら:九州大学研究成果

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