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久保田(A01)グループの研究「メカノケミカル有機合成反応に特化した触媒の開発」がプレスリリースされました

メカノケミカル有機合成反応に特化した触媒の開発に成功
~有機溶媒の使用量を低減する環境調和型物質生産プロセスの拡充へ~

ポイント

  • メカノケミカルクロスカップリング反応において高活性を示す新規ホスフィン配位子の開発に成功。
  • 従来の触媒系と比較して、より温和な反応条件下、大幅な収率の向上及び反応時間の短縮を実現。
  • 環境調和型の新しい物質生産プロセスの拡充並びに生産プロセスのコストダウンの実現に期待。

概要

北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)、同大学院工学研究院の伊藤 肇教授、久保田浩司准教授らの研究グループは、ボールミルという粉砕機*1を用いたメカノケミカルクロスカップリング反応において高活性を示す新しい触媒を開発しました。

メカノケミカル鈴木-宮浦クロスカップリング*2反応は、有害な有機溶媒を用いずに様々な分子骨格を構築できるため、環境調和型の有機合成プロセスとして注目を集めています。しかし、これまでのカップリング反応では、溶液条件用の触媒・配位子に添加剤を加えて用いていたため、メカノケミカル条件では必ずしも望み通りの触媒性能が発現せず、しばしば高い反応温度が必要でした。

研究グループは、柔軟なポリエチレングリコール(PEG)鎖を結合したホスフィン配位子*3を用いると、メカノケミカル鈴木-宮浦クロスカップリング反応が劇的に加速することを見出しました。特に、室温に近い条件下においても、幅広い基質に対して効率良く反応が進行しました。また、これまでの研究で最適とされていた Buchwald 型配位子 SPhos と比較して、多くの反応例で 1.5 倍から 50倍程度の収率向上効果が見られました。触媒の PEG 鎖が、触媒が固体に取り込まれて失活することを防ぐからだと考えられます。

今後、この配位子を改良することで、超高効率かつ環境に優しい省溶媒メカノケミカル有機合成プロセスの開発が期待できます。

本研究成果は、2023 年 3 月 9 日(木)に Journal of the American Chemical Society 誌にオンライン掲載されました。

【背景】

近年、ボールミルを用いたメカノケミカル反応が、有害な有機溶媒の使用量を低減するクリーンかつ低コストな合成技術として注目されています。当研究グループではこれまで、このメカノケミカル合成法を活用し、固体状態で進行するメカノケミカル鈴木-宮浦クロスカップリング反応の開発に成功しました。しかし、これまでのカップリング反応では、溶液条件用の触媒・配位子に添加剤を加えて用いていたため、メカノケミカル条件では必ずしも望みの触媒性能が発現せず、しばしば高い反応温度が必要でした。したがって、室温に近いメカノケミカル条件において高活性を示すオリジナルな触媒・配位子の開発が望まれていました。しかし、そのようなメカノケミカル条件に適した配位子設計の原理は明らかでなく、これまでに開発例はありませんでした。

【研究手法及び研究成果】

当研究グループは過去の研究により、メカノケミカル条件ではパラジウム触媒が凝集することで失活しやすいことを突き止めていました。この知見をもとに本研究では、柔軟なポリエチレングリコール(PEG)鎖を結合したホスフィン配位子*3を用いることで、パラジウム触媒の凝集による失活を抑制できないかと考えました。検討の結果、PEG 鎖をもつホスフィン配位子を用いると、メカノケミカル鈴木-宮浦クロスカップリング反応が劇的に加速することを見出しました。特に、室温に近い温和な条件下においても、幅広い基質に対して効率良く反応が進行しました。また、これまでの研究で最適とされていた Buchwald 型配位子 SPhos と比較して、多くの反応例で 1.5 倍から 50 倍程度の収率向上効果が見られました。触媒の PEG 鎖が、触媒が固体に取り込まれることによる失活を防ぐため高性能を示すと考えられます。

【今後への期待】

今後、この配位子をさらに改良することで、高効率かつ環境に優しい省溶媒有機合成プロセスの開発が期待できます。また、従来の有機合成反応には高価な高純度の有機溶媒が必要ですが、この方法にはそのような溶媒の使用によるコストがかからないため、生産プロセスのコストダウンが期待されます。さらに、有機溶媒に溶けないため扱えないような不溶性化合物、例えば多環芳香族化合物、顔料や色素の効率的なカップリング反応の実現も期待できます。

【謝辞】

本研究は、科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「レドックスメカノケミストリーによる固体有機合成化学(JPMJCR19R1)」、創発的研究支援事業 FOREST「固相メカノラジカルの化学と応用(JPMJFR201I)」、文部科学省科学研究費補助金「基盤研究 A」(22H00318)、「挑戦的研究 (開拓)」(22K18333)、「基盤研究 B」(21H01926)、「学術変革領域研究 A (デジタル有機合成)」(22H05328)、文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援のもとで実施されました。

論文情報

論文:Mechanochemistry-Directed Ligand Design: Development of a High-Performance Phosphine Ligand for Palladium-Catalyzed Mechanochemical Organoboron Cross-Coupling(メカノケミストリーを指向した配位子設計:有機ホウ素試薬を用いたパラジウム触媒メカノケミカルクロスカップリング用の高活性ホスフィン配位子の開発)
著者名:瀬尾珠恵 1、久保田浩司 2、3、伊藤 肇 2、3(1 北海道大学大学院総合化学院、2北海道大学大学院工学研究院、3北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD))
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
DOI:10.1021/jacs.2c13543
公表日:2023 年 3 月 9 日(木)(オンライン公開)

【用語解説】

*1 ボールミル … 粉砕機の一種で、セラミックなどの硬質のボールと材料の粉を円筒形の容器に入れて回転させることによって、材料をすりつぶして微細な粉末を作る装置。近年、有機合成にも応用されている。
*2 メカノケミカル鈴木-宮浦クロスカップリング … パラジウム触媒及び塩基存在下、有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化物を反応させ、ビアリール化合物を合成する方法。開発者の一人である鈴木章 北大名誉教授は、この反応の開発に関する業績により 2010 年ノーベル化学賞を受賞した。
*3 ホスフィン配位子 … パラジウム触媒の反応性をコントロールする支持配位子として、ホスフィン化合物がよく用いられている。

詳細はこちら:北海道大学プレスリリース

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