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岩﨑(A01)グループの研究「Chemoselectivity change in catalytic hydrogenolysis enabling urea-reduction to formamide/amine over more reactive carbonyl compounds」がプレスリリースされました

水素を用いたプラスチックのケミカルリサイクルへ新たな道 ―カルボニル化合物の反応性の序列を覆す新触媒―

発表のポイント

◆合成樹脂(プラスチック)などに含まれるウレア結合に水素分子(H2)を付加することで、ホルムアミドとアミンに分解する新たな水素化触媒を開発しました。
◆ウレアはカルボニル化合物(エステルやアミドなど)の一種であり、カルボニル化合物の中で最も反応性が低いと考えられてきましたが、本触媒は他のカルボニル化合物の中からウレアを見分け、選択的に水素分子を付加する特徴があります。この結果は従来の有機化学の常識を覆すものです。
◆今回開発した水素化触媒と既存の触媒を組み合わせることで、水素分子の出入りのみで合成樹脂の一種であるポリウレア樹脂のリサイクルが可能になると期待できます。

発表概要

東京大学大学院工学系研究科の野崎京子教授、岩﨑孝紀准教授、柘植一輝大学院生(研究当時)、内藤直樹学部学生(研究当時、現:技術補佐員)の研究グループは、新たに開発した独自の触媒(注1)によりカルボニル化合物(注2)の中で最も反応性が低いウレア(注3)を、水素分子を用いて選択的に分解できることを明らかにしました。
エステルやアミドなどに代表されるカルボニル化合物は、そのカルボニル基に結合する2つの置換基によって反応性が大きく異なります。カルボニル基に2つの窒素が結合したウレアは、カルボニル化合物の中で反応性が最も低いとされています。今回開発した触媒は、水素分子をウレアに付加させ、炭素と窒素との2つの結合のうち一方のみを切断し、ホルムアミド(注4)とアミンを与えます。ホルムアミドはカルボニル基に窒素と水素が結合しているため、ウレアよりも高い反応性を持ちますが、今回開発した触媒ではさらなる水素分子の付加が起こりません。また、ウレアよりも反応性の高いエステルやアミド、ウレタンなどのカルボニル化合物が反応することなく、ウレアのみが反応しました。この結果は従来の有機化学の常識を覆すものです。
ウレア結合を含む樹脂材料(ポリウレア樹脂(注5))は、耐久性の高い材料として知られており、そのリサイクルは困難とされています。今回開発した水素化触媒をポリウレア樹脂(モデル系)の分解へと応用したところ、水素分子の付加によりポリウレア樹脂のウレア結合を切断し、リサイクルが容易な化合物へと分解できることを明らかにしました。既存の脱水素触媒(注6)を組み合わせることで、ポリウレア樹脂を水素分子の出入りのみでケミカルリサイクル(注7)が可能になると期待できます。
なお、本研究成果は日本時間6月12日にシュプリンガー・ネイチャーが発行するNature誌の姉妹誌「Nature Communications」の速報版としてジャーナルHPに公開されました。

発表内容

〈研究の背景〉
金属触媒を用いたカルボニル化合物の水素化は、廃棄物を出さないクリーンな分子変換反応として注目されています。カルボニル化合物は、そのカルボニル基に結合する2つの置換基によって反応性が大きく異なります。カルボニル化合物の1つであるケトンでは炭素が2つカルボニル基に結合していますが、炭素を酸素(エステル)や窒素(アミド)に置き換えると反応性が低下します。このような反応性の序列は有機化学の常識として、反応を設計する際の指針となるものです。そのため、2種類以上の異なるカルボニル基を持つ分子の、より反応性の低いカルボニル基で反応を起こすためには、反応性の高いカルボニル基を別の構造へと変換することで保護し、望みの化学反応を行なった後に、保護したカルボニル基をもとに戻す煩雑な多段階工程が必要でした。

このようなカルボニル基の反応性の序列は、カルボニル化合物の水素化においてもしばしば問題となります。ウレアの水素化では、1分子の水素が付加すると、炭素―窒素結合が切断され、ホルムアミドとアミンが生じます。しかし、ホルムアミドはウレアよりも反応性の高いアミドであるため、従来法ではホルムアミドの水素化がさらに進行して、アミンとメタノールが1分子ずつ生じ、結果として全体でウレアから2分子のアミンと1分子のメタノールが得られます。他方、ケミカルリサイクルを見据えるとアミンとホルムアミドからウレアを合成する方が好ましく、ホルムアミド中間体を選択的に得られる手法の開発が望まれていました。

〈研究の内容〉
研究グループは、独自に開発したリンと窒素を含む配位子とイリジウムからなる触媒を用いると、ウレアの水素化分解によってホルムアミドとアミンが選択的に得られることを明らかにしました。
ウレアと他のカルボニル化合物との反応性を調査するために、2種類のカルボニル化合物の混合物の水素化を検討したところ、本来ウレアよりも反応性の高いエステルおよびウレタン化合物よりもウレアが優先的に水素化分解されることを明らかにしました。この結果は、有機化学の常識を覆すものであり、特殊な試薬を用いることなく水素分子を反応剤として用いてカルボニル基の反応性の序列を覆したことは特筆すべき成果です。
異なるアミンが結合した非対称なウレアの水素化分解では、一方の炭素―窒素結合を選択的に切断できることを明らかにしました。これらの知見を踏まえ、研究グループはポリウレア樹脂のモデル系を用いて、今回開発した水素化分解のケミカルリサイクルへの応用を検討しました。ポリウレア樹脂は、2つの異なる炭素鎖が交互にウレア結合で繋がった構造をしています。従来手法ではウレア結合をアミンとメタノールまで分解してしまうため、2種類のアミンの混合物となることが課題でした。これに対して、研究グループの手法では、一方の炭素鎖をホルムアミドとして、もう一方をアミンとして選択的に得ることに成功しました。分解生成物は容易に分離・精製が可能です。
既存の脱水素化触媒を用いることで、今回得られた分解生成物から水素分子を生じながらウレア結合を形成できます。すなわち、特殊な試薬を用いずに、水素の付加と脱離のみによってポリウレア樹脂のケミカルリサイクルが可能になると期待されます。

〈今後の展望〉
今回明らかにされた触媒による水素分子の付加によりポリウレア樹脂を分解する手法は、重要な社会課題である廃プラスチックの資源循環の新たな手法となりうるものです。触媒機構から、ポリウレア樹脂だけでなくポリウレタン樹脂などの他の樹脂材料の分解への応用や、複数の樹脂材料から製造されたプラスチックの中から特定の樹脂のみを原料へと分解し、樹脂材料ごとにケミカルリサイクルする手法への展開が期待されます。

発表者

東京大学大学院工学系研究科
野崎 京子(教授)
岩﨑 孝紀(准教授)
柘植 一輝(研究当時:修士課程)
内藤 直樹(研究当時:学部4年生)〈現:技術補佐員〉

論文情報

〈雑誌〉Nature Communications
〈題名〉Chemoselectivity Change in Catalytic Hydrogenolysis enabling Urea-reduction to Formamide/Amine over More Reactive Carbonyl Compounds
〈著者〉Takanori Iwasaki,* Kazuki Tsuge, Naoki Naito, Kyoko Nozaki*
〈DOI〉10.1038/s41467-023-38997-2
〈URL〉https://doi.org/10.1038/s41467-023-38997-2

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(ERATO)「野崎樹脂分解触媒プロジェクト(課題番号:JPMJER2103)」(研究総括:野崎 京子)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)官民による若手研究者発掘支援事業(マッチングサポートフェーズ)「水素を用いたポリウレア樹脂のケミカルリサイクル(課題番号:JPNP20004)」(代表:岩﨑 孝紀)、文部科学省科学研究費助成事業学術変革領域研究A:デジタル化による高度精密有機合成の新展開(JP21A204)「触媒制御によるカルボニル基の水素化の化学選択性逆転と反応機構の解明(課題番号:22H05340)」(代表:岩﨑 孝紀)、ENEOS東燃ゼネラル研究奨励・奨学会(代表:岩﨑 孝紀)、住友財団(代表:岩﨑 孝紀)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)触媒
反応前後において自らは変化せず反応を促進する物質。

(注2)カルボニル化合物
炭素と酸素が二重結合で繋がった-C(=O)-で表される2価の官能基(カルボニル基)を含む化合物の総称。炭素からなる置換基が2つ結合するとケトンとなる。カルボニル基は炭素原子上にプラス、酸素原子上にマイナスと電荷が分極しているため、さまざまな反応を起こす。

(注3)ウレア
カルボニル基に2つの窒素からなる置換基が結合した化合物。簡便に合成でき、安定性に優れるため樹脂を含めさまざまな用途で利用されている。尿素は最も単純なウレアである。

(注4)ホルムアミド
ギ酸とアミンからなるアミド化合物。

(注5)ポリウレア樹脂
ジイソシアネートとジアミンとを混合・吹き付けることで製造される樹脂材料の一種。耐水性・耐薬品性・耐摩耗性に優れていることから屋根や屋上駐車場の表面保護剤として広く利用されている。一般に熱可塑性を持たないため、再成形が必要となるマテリアルリサイクルは困難とされる。

(注6)脱水素触媒
ホルムアミドとアミンからウレア結合を形成すると同時に水素分子を生じる触媒。ルテニウムやロジウムが用いられる。

(注7)ケミカルリサイクル
合成樹脂のリサイクルの方法としては、①燃焼により熱エネルギーとしてリサイクルするサーマルリサイクル、②そのままもしくは再成形してリサイクルするマテリアルリサイクル、③化学反応により原料の化合物まで分解・精製し、合成樹脂の原料としてリサイクルするケミカルリサイクルが知られている。
ケミカルリサイクルは、カーボンニュートラルの実現と新品同様の性能を両立するリサイクル手法として注目されている。

詳細はこちら:東京大学工学部・大学院工学系研究科 プレスリリース

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