医薬品合成等に使用される金属触媒の配位子合成に成功
~量子化学計算により出発原料を特定し反応経路を予測~
ポイント
- 安価で入手が容易なエチレンを出発原料とすることで、金属触媒を形作るDPPE誘導体の化学合成が可能なことを、量子化学計算を用いて効率的に発見。
- 計算結果によって得られた出発原料からヒントを得て、非対称なDPPE誘導体の合成に成功。非対称性を有することでDPPE誘導体が新たな機能を発現できる可能性を示唆。
- 量子化学計算による出発原料の高精度予測は、高収率な化学反応創出技術として有機合成化学分野の発展に大きく貢献することが期待される。
概要
JST事業の1つであるERATO前田化学反応創成知能プロジェクトにおいて、北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)の髙野秀明特任助教、美多 剛特任准教授、及び同拠点拠点長・同大学院理学研究院の前田 理教授らの研究グループは、人工力誘起反応法(AFIR法)等の量子計算化学手法を巧みに用いて、対称、及び非対称1,2-ビス (ジフェニルホスフィノ) エタン(DPPE:Ar12P−CH2−CH2−PAr22: Ar1, Ar2 = 芳香族基、Ar1 = Ar2: 対称、Ar1 ≠ Ar2: 非対称)誘導体の合成経路を計算科学により予測し、実験で確認しました。
従来の有機合成化学に立脚した新反応開発では、有機合成化学者の経験や合成のセンスが必要であることに加え、数年単位に及んだ膨大な実験が必要であり、非常に手間のかかるものでした。今回研究グループは金属の配位子として広く使われている二座リン配位子であるDPPE(Ph2P−CH2−CH2−PPh2)に対して、逆合成的な量子化学計算を行うことで、2つのリンラジカルを経由してテトラフェニルジホスフィン(Ph2P−PPh2)とエチレンに逆合成されることを突き止めました。この結果に立脚して実験的にテトラフェニルジホスフィンを生成させてエチレン10気圧下で反応させることで(2種類の反応)、高い収率で目的のDPPEが合成できることがわかりました。その後、合成化学実験を駆使してそれぞれ違う種類のリンラジカルを発生させることで、非対称なDPPE誘導体の合成法の開発に成功しました(3種類の反応)。非対称なDPPEを簡便に合成することができれば、1) 目的の触媒反応の反応性や選択性を制御することが可能となり 2)金属化合物の新たな機能を発現させることができます。しかし、非対称なDPPE誘導体の合成法は限られており、今回エチレンから一挙に合成できる本手法は、既存の手法と比べ一線を画しており、出発原料が3種類に増え合成の難易度が増しても、量子化学計算によって示唆されたデータから研究の方向性を見出すことができ、結果として効率的かつ高収率な反応を開発することができました。
本研究で実施した量子化学計算による出発原料を正確に予測する手法は、次世代型の化学反応創出技術として有機合成化学分野の発展に大きく貢献することが期待されます。
なお、本研究成果は、2022年11月21日(月)公開のNature Communications誌(オープンアクセス)のオンライン版にResearch Articleとして掲載されました。
論文名:A theory-driven synthesis of symmetric and unsymmetric 1,2-bis(diphenylphosphino)ethane analogues via radical difunctionalization of ethylene
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-022-34546-5
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