AIが「隠れた化学反応」を可視化!
―有機合成を変える「潜在変数」アルゴリズムを開発―【発表のポイント】
● 実験で直接観測できない「隠れた反応経路」を、AIが再現・予測する新しいアルゴリズムを開発した。
● 開発したAIは、未知なる合成条件での収率を高精度に予測し、所望の反応を外挿的に導くことに成功した。
● AIが導いた潜在変数が分子の電子的特徴を捉え、反応の理解に寄与することを示した。
● AIが実験化学者の経験知を補完し、触媒設計や有機半導体開発などにつなげる新たなワークフローを示した。【概要】
静岡大学の武田和宏准教授、分子科学研究所の大塚尚哉助教、鈴木敏泰博士、椴山儀恵准教授(大塚助教と椴山准教授は総合研究大学院大学を併任)の研究グループは、世界に先駆けて、実験で直接観測できない「隠れた反応経路」をAIが再現・予測する新しいアルゴリズムを開発しました。AIが導出する潜在変数を用いることで、分子の電子的特徴を数理的に表現し、化学反応の理解や有機分子材料の設計に役立つことを示しました。
本成果は、有機合成のデジタル化と自動化を推進する基盤技術として、持続可能なものづくりや次世代材料開発にも貢献するものです。
この成果は、国際学術誌『Artificial Intelligence Chemistry』に2025年10月13日付(日本時間、オンライン版)で掲載されました。1. 研究の背景
有機合成化学では、化学者がこれまでの経験や知見をもとに反応条件を設計し、結果を解釈してきました。しかし、複雑な反応系では、実験で直接観測できない中間体や副経路が存在するため、反応の全体像を把握し、目的物を高収率で合成することに多くの試行錯誤が重ねられてきました。
こうした「隠れた反応経路」を明らかにし、ほしい分子のみを迅速に合成するための新たな方法論として、実験データと計算データ、さらにAIを統合的に活用するアプローチが、近年、特に注目されています。2. 研究の成果
本研究グループは、AIが導出する「潜在変数(1)」を用いて、実験で直接観測できない「隠れた反応経路」を再現・予測する新しいアルゴリズムを世界に先駆けて開発しました。
この手法をペルフルオロヨード化ナフタレン類(2)の合成反応に適用したところ、AIが未知なる反応条件での生成物の収率を高精度に予測し、実験では直接観測できない反応経路を外挿的に導く(3)ことに成功しました。
さらに、AIが導いた潜在変数が分子の電子的特徴(4)を反映していることを明らかにし、AIが化学反応の本質的理解に寄与できることを実証しました。
加えて、AI が高収率を予測した外挿条件に基づいて合成実験を行ったところ、90%を超える高収率で目的生成物を得ることに成功しました。3. 今後の展開・この研究の社会的意義
本研究は、AIが化学者の経験や知見を補完しながら有機合成を支援するという、新しい研究スタイルを提示するものです。AIが提案した潜在変数を化学的に解釈することで、反応の電子的要因を理解し、分子設計に応用できることを示しました。今後は、触媒反応や有機半導体合成など、より複雑な反応系への展開が期待されます。さらに、AIと実験化学を統合する本手法は、有機合成のデジタル化(5)と自動化を推進する基盤技術として、持続可能なものづくりや次世代材料開発にも貢献すると考えられます。
4. 用語解説
(1) 潜在変数(せんざいへんすう)
実験データに直接は現れないが、複数の要因の背後に潜む共通の性質や関係性を数理的に表す指標。AIの学習過程で自動的に導出され、反応の特徴や傾向を内在的に捉えることができる。(2) ペルフルオロヨード化ナフタレン類
芳香族化合物ナフタレンの水素原子をすべてフッ素とヨウ素で置き換えた有機分子群。独特な電子状態と高い化学的安定性をもち、電子材料や触媒分野での応用が期待されている。(3) 外挿的に導く(がいそうてきにみちびく)
AIが、与えられた実験データの範囲外にある条件の反応を予測すること。これにより、実験ではまだ行われていない反応条件での探索が可能となる。(4) 電子的特徴(でんしてきとくちょう)
分子中の電子の分布や偏りなど、反応性や選択性を決定づける要因となる性質。AIがこれらを捉えることで、反応の進行や生成物を予測できる。(5) 有機合成のデジタル化
実験データ、計算データ、AI技術を統合し、反応設計・解析・最適化をデータ駆動的に行う研究手法。研究プロセスの自動化や知識の再利用を可能にする。5. 論文情報
掲載誌:Artificial Intelligence Chemistry
論文タイトル:”Machine learning-guided synthesis of prospective organic molecular materials: An algorithm with latent variables for understanding and predicting experimentally unobservable reactions”(「有望な有機分子材料の機械学習支援型合成:実験的に観測できない反応の理解と予測に向けた潜在変数を用いるアルゴリズム」)
著者:Kazuhiro Takeda, Naoya Ohtsuka, Toshiyasu Suzuki, Norie Momiyama
掲載日:2025年10月13日(オンライン公開)
DOI:10.1016/j.aichem.2025.1000966. 研究グループ
静岡大学
自然科学研究機構 分子科学研究所7. 研究サポート
本研究は、文部科学省科学研究費補助金 学術変革領域研究(A)「デジタル化による高度精密有機合成新展開(Digi-TOS)」(課題番号 JP21H05222、JP21H05218)の支援を受けて行われました。
また、本研究の一部は、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業「有機合成DX」(課題番号 JPMXP1222MS5042、JPMXP1223MS5005)および、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業(目標3、課題番号 JPM-JMS2236-7)の支援を受けて実施されました。
詳細はこちら:分子科学研究所 お知らせ